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巣立ちの3月に

投稿日:2008年3月1日 カテゴリ:エッセイ

「お父さん、本当にいいの?」

妻が何度も念を押す。私も妻の不安がわかる。だからこそ、

「大丈夫―。昔の人はよく、こういうのは“一生もん”って言ったんだよ。多少高くても、有効に使うことが大事。卒業式だけでなく、娘はよく海外にも出かけるのだから、着物を着て日本の文化をPRしなくては」

自分の心の奥の方で、「衝動買い」という文字がちらつくものだから、とっさに変なこじつけをしていた。そんな自分がおかしくもあったが、結局、娘の卒業式は着物姿に決定。わが家の消費生活史上、初めてのびっくりするような出費と相成った。

「もう、お父さんたら本当に甘いんだからー」

妻は、店員さんに照れ隠しするかのように、あきれ顔をつくって見せた。そのくせ、

「今度の姪の結婚式に、私もこの帯、借りていいかしら。すごく似合うと思うの」

などと、いつの間にか自分も共有者になっているのだから、ちゃっかりしていてあきれる。

「うん、もちろん。みんなで積極的に活用した方がいいよ。シカゴに住むお姉ちゃんにも着させてあげようよ」

私も、これ幸いと調子にのる。よく、娘の卒業式に父親が“親バカ”よろしく高価な着物を喜んで買い与えたという話を耳にする。私はこれらの話を半ばあきれて聞き流していたものだった。ところが、まさか自分がそんな典型的なパターンにはまるとは。いや、自分はそんな“親バカ”とは違う、とまだ言い訳を探そうとあがく。だから余計に自分の考えが怪しくなってくる。

しかし、娘の卒業式は格別なのだ。なぜなら、私にとって、子育ての修了式のようなものだからだ。上の娘の折も、卒業式で子育ての区切りをつけさせてもらった気分になった。

ふり返ると、わが家は共働きということもあって、夫である私の子育て参加は欠くことができなかった。とくに上の娘の場合など、私の方が勤務先が近かったので、保育園の送迎は、ほとんどが私の仕事、役割だった。となると、朝の登園準備――実はこれが結構大変。まず、出かける前にはミルクを「ハダハダ」の温度にして、慎重に娘に飲ませなければならない。それから娘をだっこして、着替え、下着、おしめ、連絡帳に、体温の記録、替えのシーツや枕カバーなど一式の入った大きな袋を肩にかけたり両腕に抱えながら、娘を車のベビーシートに座らせる。ところが遅刻しそうな日に限って、娘はぐずったり便意をもよおすのだ。車を発進させようとすると、プ~ンとにおってくる。時計の針を見てあせる。でも、こればかりは叱るわけにはいかない。もう一度おしめの取り替えだ。この朝の30分は目が回る。とにかくすべてが慌しい。「手塩にかけて育てる」とか、「わが子は、目の中に入れても痛くない」という言葉がそのまま“実感”できる。あの時の感覚は今でも忘れられない。

幼児期から活発に子育てに参加した私への勲章だろうか、いまだに娘たちは、私を買い物につれて歩く。これは、育児パパへの“感謝状”なのだ。「センスがないねー。お父さんは」とか「これは今年の流行の色目なんだよ、そんなことも知らないの。評論家やっていけないよ」などとバカにする。でも、そんな気楽なやりとりが、私にはなんともうれしい。私の財布のひもはゆるみっぱなしである。

「やっぱり、お父様はお目が高いわ」などと言う店員さんたちのお世辞にも、素直に「ニヤニヤ」してしまうかつての“育児パパ”の私である。

(「Let’s!家事おやじ」『佼成』3月号、2008年3月)

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160318-0737

尾木ママ

誕生日:
1947年1月3日
血液型:
A型
出身地:
滋賀県
現在の住まい:
東京
職業:
教育評論家、法政大学特任教授
臨床教育研究所「虹」所長
出演番組:
NHK教育(Eテレ)「ウワサの保護者会」
(土曜21:30~21:54放送 ※MC)

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