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第4回:新型インフルエンザと今後の教育課題

投稿日:2009年5月29日 カテゴリ:教育insight

■吹き荒れた「新型インフルエンザ疾風」

新型インフルエンザ発生の影響で、一週間の休校措置をとっていた大阪、兵庫、滋賀、京都などで、今週一斉に休校が「解除」となった。多数の生徒の感染者を出した大阪の関西大倉高校も、6月1日に2週間の休校が解かれる。子どもたちの登校姿をテレビで観るだけで、こちらまで何だか元気が出てくるから不思議である。

この間の一連の「騒動」を整理してみると、この新型インフルエンザが教育界に与えた影響は深刻なものがある。

相次ぐ休校措置で、子どもたちは長期間家に閉じ込められた。友達との遊びも外出もままならなかった。そればかりか、目に見えぬウイルスとの闘いは精神的にも辛く、落ち着かない不安な日々であったことだろう。

文科省の調査では、5、6月中に国内修学旅行を計画している公立の小中高校のうち、中止または延期した学校は、全国で2594校。中止・延期した学校が最も多かったのが近畿ブロックであったという(5月22日段階)。また、海外修学旅行の中止・延期は、国内への変更も含めると、5/12~5/22の間だけでも、403校にも上っている。

また、中高生が参加するスポーツ大会は関西を中心に次々中止に追い込まれ、文化行事や「神戸まつり」など自治体のイベントの中止も相次いだ。せっかく子どもたちが待ち望んでいた出番も奪われてしまった。

突然の中止通知に、長期間、練習を重ねてきた努力やコンディション調整のための厳しい生活コントロールと体力づくりも実を結ぶ機会をなくした。成功や達成の夢を追いかけてきたこの間の“青春の心”はどれほど揺らぎ、壊され、希望を失ったことだろうか。いや、そればかりか、スポーツ推薦がもらえなくなるなど、将来の進路にまで大きな影響を与えた恐れさえある。これら、子どもたちが受けたショックの大きさを考えると、柔らかな心についた傷が心配である。

■露呈された多くの問題

それにしても、今回の新型インフルエンザ“騒動”は、日本の国の危機管理の危うさや教育界の官僚的な体質の問題点をも見事にあぶり出した。

その一つが、前回の「教育insight」でも述べたように、各都道府県教育行政による官僚的な紙切れ一枚の中止通知が相次いだことである。そのあまりに機械的な対応に終始した点である。

二つめは、当初、修学旅行のキャンセル料は、保護者負担にすることを前提に進んでいたことである。今回のように国家的な危機管理の大ワクの中で、都道府県の行政通知によって、やむなく延期や中止にするのであれば、その負担は当然、国や都道府県など行政が持つべきであろう。その証拠に、5/25に政府はキャンセル料については公費負担の方針を打ち出したほどである。この点、何でも受益者負担や自己責任にしてきた教育界の精神状態を見せつけられた思いがする。

三つめは、ニューヨークから帰国した高校生2人から新型インフルエンザが検出された私立洗足学園が、幼稚園から大学院まで1週間も休校処置をとらざるを得なくなった「事件」(?)である(5/28休校解除)。

発症した生徒たちは、国内感染者でもなければ、発症してから一度も登校しておらず、他に広がる恐れは全くないにもかかわらず、学園には誹謗・中傷の電話や嫌がらせメールが殺到。その結果、学校はいわば「お詫び休校」的措置をとらざるを得なかったのである。

これらの学園への犯罪的な誹謗や中傷に対して、厚労省や文科省はもちろん、県や市も、防止のための何らかの有効な対策を講じることはなかった。学校や生徒たちを守ろうと動かなかったことは強く批判されて然るべきであろう。また、メディアも公正な姿勢や社会的正義の視点から、このような「社会的パニック」状態に対して、的確に警鐘を鳴らせなかったことも残念である。今後の教訓として活かすべきだろう。

そもそも、今回の新型インフルエンザに対する国の対策が強毒性の「鳥インフルエンザ」対策に基づくマニュアルだったため、的外れもはなはだしい過剰対応ばかりが目についたのである。

麻生首相などは、テレビを使った政府広報で「政府からのおしらせです」などと抽象的な警告をオーバーにPRするばかりであった。これでは、「あまりにも選挙目当てで、何とあさましいことか!」という批判が飛び交ったのもやむなしであろう。今日の日本社会の現状は、子どもの命の安全や正義に満ちた教育環境を守る近代的国家とはとても言い難い状況であることも明らかになった。

■急げ!子どもの心へのケア

今、私たちは、修学旅行やスポーツ大会などの相次ぐ中止で大きなショックを受けている子どもたちの心を丸ごと受け止め、丁寧にケアし、学校教育を立て直すために、緊急に以下の2つに力点を置く必要がある。

第一には、「見える被害」への対応である。

例えば、修学旅行やスポーツ大会、地域の文化行事、子どもの発表会など、困難はあっても、必ずやり抜く覚悟でスケジュールの調整に入ってほしいものだ。特に子どもが参加したり、出場したりする出番のある行事や場面は、たとえ規模を大幅に縮小してでも、実施してほしい。文科省ですら、修学旅行については「教育的意義や児童生徒の心情から、実施を取りやめる場合も中止でなく延期扱いとする配慮をお願いしたい」としている。「改めて旅行を実施するよう」全国の教育委員会や学校に要請したほどである。

さらに、心をケアする当面の教育実践としては、楽しみにしていた修学旅行の中止や出番が失われたことへの悲しい「思い」を作文などにありのまま綴らせたりしながら、教師はまずその心情をまるごと受け止め、共感することである。

「先生がわかってくれた」「友達も同じ思いだったんだ」とわかるだけで、子どもたちは心が軽くなり、元気を回復していくに違いない。教育行政は、決してカウンセラー頼みの心理主義に陥ることなく、一刻も早く、学校生活の場を通して、ケアの要となる担任教師が動きやすい教育条件や環境整備を急ぐことが求められる。

第二には、子どもたちにも今回の出来事を一度突き放して相対化させることである。総合学習的な視点から、今回の事態を「学習対象」化して、冷静に、総合的に分析することである。

マスクが店頭から消えるといった一連の社会的パニック状況、新型インフルエンザの検疫体制に問題点はなかったのか、陽性であっても、30~40%も陰性反応が出ていたという「簡易キット」の信頼性の問題など、論点はたくさんある。こうした貴重な経験を風化させることなく、子どもたち自身に「なぜ」「どうして?」という“批判的な思考力”“洞察力”を発揮させながら、今回の社会的パニック体験を単なる「体験」で終わらせることなく、力強い問題解決型の「知力」へと高めることが大切である。そのまたとないチャンスでもある。

こうした「体験の相対化」を通じて、子どもたち一人ひとりが広い科学的な視野を獲得し、自分で考え、判断できる力量を育てるのではないだろうか。

新刊情報

160318-0737

尾木ママ

誕生日:
1947年1月3日
血液型:
A型
出身地:
滋賀県
現在の住まい:
東京
職業:
教育評論家、法政大学特任教授
臨床教育研究所「虹」所長
出演番組:
NHK教育(Eテレ)「ウワサの保護者会」
(土曜21:30~21:54放送 ※MC)

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