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第6回:「いじめ8割経験―どの学校でも」は本当か?

投稿日:2009年6月30日 カテゴリ:教育insight

■衝撃のデータ発表に

「いじめ8割経験―小中学生、被害・加害ともに」(「日経新聞」09年6月26日付夕刊)、「いじめどの学校でも―小中校を3年追跡」(「朝日新聞」―09年6月26日付夕刊)、「規律重視でいじめ潜在化?」(「東京新聞」09年6月27日付朝刊)
などと報道された、国立教育政策研究所のいじめの追跡調査結果について考えたい。

概要によれば、小4~6年、中1~中3年とも、3年間で8割の児童・生徒がいじめの被害にあったり、加害者になったりしているという。したがって、「いじめは誰でも巻き込まれ得る」「ピーク期などはない」と強調している。さらに、このようなすさまじい「実態」にもかかわらず、学校の教師たちが「未然防止の取り組みが広がらない、効果をあげない要因の一つに、教師自身がいじめに対して十分な認識を持ちえていない点をあげ」「いじめに関する校内研修の少なさも関係している」として「いじめに関する校内研修ツール」まで作成した。「至れり尽くせり」ではある。

■「記名式」のデータを見ると

もう少し詳細に見ると、調査は2004年から06年度にかけて、首都圏のある市の小中学校19校で、小4~中3の全員に“記名式”で実施。1学年あたり800人程度を対象に毎年6月と11月に1・2学期の「仲間はずれにされたり、無視されたり、陰で悪口を言われたりした―1週間に何度も、1週間に1回くらい、1ヶ月に2~3回くらい、今までに1~2回くらい、ぜんぜんされなかった」などと、体験を尋ねたものである。

昨年度中1だった生徒の同年6月の回答では、いじめ被害の回数は、「週1回以上」が8.2%、「月2、3回」が9.8%、「学期に入って1、2回」が23.7%、「全然ない」が58.4%。

その後の5回分の推移を分析すると、週1回以上は6.7~14.3%。3年間にわたり、6回とも週1回以上被害にあっていると答えた割合は0.3%。反対に、3年間でいじめ体験が全然なかった生徒は19.7%にとどまった。

同研究所は、「被害者は常に入れ替わっている。いじめっ子、いじめられっ子は特定の子という考え方を改めてほしい」(「日経新聞」、前出)としている。

一方、文科省の問題行動調査によると、2007年度に全国の小中高が認知したいじめ件数は約10万件で、前年度よりやや減少している。

■5つの気になる点

ところで、一見、緻密で「貴重」な調査に思えるのだが、私はこの調査には大きな疑念を抱かざるを得ない。

・なぜ記名式なのか

その第一は、なぜ「記名式」なのかという点である。
いじめの被害体験を、毎年6月と11月の1年に2回、3年にわたって計6回もその辛い記憶を呼び戻させ、調査しなければならなかったのかという点である。

3年間もいじめが継続した被害者にとっては、この調査がその都度いかに苦痛であったことか。おそらく、3年間いじめ続けられていた児童・生徒の中には、調査だけして、学校側が少しも止めてくれない現状に、途中で半ばあきれ果て、半ば怒りを感じたのではないか。正しく答えないで済ませた子どもも少なからずいたはずである。これは、いじめ被害者の心情に立てば、現場教師なら決して採用しない調査手法であり、極めて非教育的で残念といわざるを得ない。

「アイヒマンテスト」とも「ミルグラムの実験」とも称される残虐行為を果たす人間の心理実験は、調査の価値は高いものの、その非人間的な実験・研究手法に批判が集中したことがある。

それに類した不快さを感じるのは、現場教師経験の長かった私だからなのだろうか。杞憂であればうれしい。

・これがいじめ調査?

第二には、「いじめ」という文言を使用しないで調査を実施している配慮はよいのだが、「いじわるや、イヤなこと」体験と「いじめ」は果たして同質だろうか。イコールと定義してよいのだろうかという点である。

正確に言えば、子どもは誰でも、「いじわるや、イヤなこと」の加害・被害両方とも経験している。微妙だが、「いじめ」と「いじわる」は明らかに違っている。なぜなら「いじめ」は反撃のしようがないのだが、「いじわる」や「イヤなこと」に対しては、反撃、反論できる場合も多いからである。それが不可能になった段階でいじめに転化するのではないか。したがって、本調査は「いじわる」「イヤなこと」調査に陥った可能性が高い。

むろん、同研究所もその辺りを気にしているのか、このような行為が単純な“嫌がらせ”ではなく、いじめなのだとにおわせるメッセージを発そうとはしてはいる。しかし、何ともまどろっこしい表現で、恐らく調査する側のこのような配慮に気づいてくれる子は少なかったのではないか。アンケート調査の質問は「シンプルでわかりやすく」が大原則である。その意味では、本調査の質問の前文は、あまりに長すぎる。

・いじめのピークは文科省データが示している

第三には、いじめの「第3のピーク期」はなかったという捉え方である。これは、前述のような概念に基づいて子どもに問えば、「いじわる」や「嫌がらせ」もすべて「いじめ」と捉えている可能性があり、そうだとするならば、「ピークなどない」というのは実に的確な分析といえよう。

しかし、「いじめ」と「嫌がらせ」は似てはいるが、明白に違っている。だからこそ、いじめの文科省調査では、数字としてはピーク期が出現しているのである。

・誘導的な「Q&A」?

第四には、追跡調査報告の「Q&A」があまりにも作為的すぎないか、という点である。全体的に“教えてやる”といった雰囲気で、「上から目線」に貫かれている。これでは、現場の教師は不快感を覚えるのではないか。

・気になる「上から目線」

第五に、その「上から目線」は「生徒指導支援資料」にも端的にあらわれている。「いじめに関する校内研修ツール」は、あまりに現場教員をバカにしていないか。とりわけ「研修会実施要領」の構成内容はどうしたことか。一部を抜粋してみよう。

0.開会

「これから、○○学校の第△回目の生徒指導研修会を行います。

1.校長あいさつ(3分程度)

研修担当者 ・最初に校長先生から、お話をいただきます。

2.研修会の流れの説明(3分程度)

研修担当者 ・では、この後、私の説明に沿って、研修を行っていきますので、よろしくお願いします。(以下略)

(出典:「『いじめに関する行内研修ツール』を用いた研修会実施要領(実施担当者用)」p.5)

これでは、まるで幼稚園か何かの「発表会」の進行台本ではないか。このような力量しかない教師が、どうして人権教育の視点からいじめ問題を捉えて、創造的な取り組みを行うことができるだろうか。

■視野狭窄のマニュアル信仰―もっと大局的に

この国研のいじめ研修の手引きは、あまりにもマニュアル信仰に陥ってはいまいか。問題の本質は、このようなバカ丁寧さ、過保護な手法ではない。

なぜ現場の教師がいじめ発見や防止教育に成果をあげられないのか、「上から目線」ではなく、現場教師の苦悩を聞き取り、受け止めることからはじめるべきだろう。

厳しい言い方になるが、国研はこのようなエネルギーを文科省の施策の問題点研究に費やした方が、広い視点の科学的分析と方針が出せるのではないか。

とにかく、がっかりさせられた「成果物」である。国立教育政策研究所の調査研究と成果物としては、あまりにも自己満足的で残念としか言いようがない。

新刊情報

160318-0737

尾木ママ

誕生日:
1947年1月3日
血液型:
A型
出身地:
滋賀県
現在の住まい:
東京
職業:
教育評論家、法政大学特任教授
臨床教育研究所「虹」所長
出演番組:
NHK教育(Eテレ)「ウワサの保護者会」
(土曜21:30~21:54放送 ※MC)

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