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第19回:子どもが主役の街づくり⑥ 日常生活&学校で花開く

投稿日:2010年1月28日 カテゴリ:教育insight

■勝負は学校に戻ってから

「尾木先生、そりゃあ効果は抜群ですわ。学校に戻ってからの彼らは別人のようでした」

こう目を細めたのは塾長であった。

確かに教育委員会のメンバーもみなさん頷いている。

学校に戻って活躍した塾生(学校からの報告)

立志塾から帰って来た生徒の顔は、どこか満足感があり、それぞれが何かをつかみ、成長したと感じております。このような機会を与えてくださった方々に深く感謝いたします。

立志塾後、いろいろな場面でその成長ぶりを見ることができましたが、何より力を注いでいたのは、体育祭であったと思います。今年は、「自分達で創りあげる体育祭、終わった後に満足感の残る体育祭にしよう」と、体育祭前のプレ体育祭として、ギネス交流会を企画したり、各種目の入場の仕方を勢いあふれるものにしようと練習からこだわったりすることができました。何かあると、塾生が集まって自分達の意見を出し合い、自分達の言葉で全校生徒に語りかける姿が何度もありました。自分達でよりよいものにしていこうとする、こうしたリーダー達の熱意が、各クラスのリーダーに伝わり、全校生徒をひきつけ、盛り上がりをみせた体育祭にできたのだと思います。また、体育祭後の全校生徒の表情や感想が、何よりも自分達の自信につながったことと思います。

4日間で塾生たちは見違えるように変貌していきます。その変化が毎日実感できることがわたしたち事務局にとっても最大の喜びです。各務原市を遠く離れ、世界遺産で有名な白川村で研修できること。本物のリーダーとしての資質を備えた精鋭が集まること。そして、リーダーとしての資質を覚醒させる各界を代表する講師の方々の講話と事務局の意図的な支援。これらの相乗効果により各務野立志塾は大きな成果をあげているのではないでしょうか。特に、本年度は塾生の自己課題から育成したい能力を明確にして、その実現のために具体的な指導が毎日繰り返されたことが大きな成果につながっています。塾生同様、各務野立志塾も進化し続けています。

(各務野立志塾実行委員会事務局-教育委員会スタッフ5人)

■おわりに

地元の協賛企業は、08年度は40社にも及んでいる。しかも「組合」や「協会」など団体ぐるみの支援も多いのが特徴であり、多くの市民の支援の元に実施されていることがわかる。

これも、やはり「住みやすい町づくり」運動の一環なのだろう。

理念が高いだけに、運動や活動のアドバルーンも高く、下ってこない。常に子どもが主役になりながら「もっと高く、もっともっと高く」育てていくようだ。

子育てと教育運動にとって、何がキーポイントなのか、各務原市の取り組みは、多くの貴重な教訓を教えてくれる。

(完)

第18回:子どもが主役の街づくり⑤ リーダー養成塾

投稿日:2010年1月28日 カテゴリ:教育insight

■本気でリーダーを育てる「立志塾」

立志式を行っている自治体は、それほど珍しくない。しかし、当市の「各務野立志塾」は年に夏冬2回、合宿形式で「次世代リーダーの育成」を目指す。単なる「式」ではない点が教育そのものとなり、大きな効力を発揮している要因となっている。

市長の森真氏は、その目的を次のように述べている(報告書より)。

次世代の人づくりは、政治の最も大切なことです。歴史上、活力のある時代、国家の行末を真剣に考えた指導者たちは、皆そう考え実行してきました。(中略)

人づくりの目的は、人格の形成にあります。そのために、知・情・意・体の向上を鍛錬します。とくに青少年期は将来に対し、夢をもち、それに向かって努力することが大切です。

各務原市は、このため文部科学省の教育指針の上に本市独自の教育施策を実施しています。そのひとつが、夏と冬に行う「各務野立志塾」です。全中学校の生徒会役員を対象に行います。会場は世界遺産白川郷のある五十万坪の美しい原野の中のトヨタ研修施設です。塾長は商工会議所幹部、講師は商工会議所会頭、大学教授、そして各務原市長等です。

昼食の後、各中学校の生徒会の福祉や環境などの取り組みについて生徒のプレゼンテーションがありました。全く見事な説明で感心しました。また、私への質問の時間ではほとんど全員が手を挙げ、驚きました。

密度の濃い「各務野立志塾」は、生徒たちの本来もっている資質を引き出し、生徒の指導者としての成長に抜群の効果があります。さらに、他の生徒への指導力や好影響が見られ、うれしい限りです。

では、市長が述べている講師たちの講義内容とはどのようなものだろうか。驚くべきことに、相手が中学生だからといって、少しも子ども扱いや手抜きをしていない。例えば、市長の「行政のトップから学ぶ」の講義概要は次の通りである。

講義概要

(1)プレゼンテーションの感想
・中学生のレベルとしては、すばらしいできだった
・「マイナス6%意識改革」「桜回廊計画」ともに広報誌に掲載する

(2)夢と志
・目標や夢をもつには読書が有効
・夢はみるもの
・志とは夢の実現に向かって努力すること

(3)クラーク博士に学ぶ
・青年よ大志を抱け
・校則は「Be gentle」(紳士たれ)ただ一つ

(4)リーダーの条件
①公につくすスピリット
②近未来の洞察力
③信念と不屈の精神
④決断力・推進力
⑤スピーチ力・アピール力

これに対して「塾生」の感想は

僕は市長さんのお話を聞いて「努力」がどれだけ大切か改めて感じました。

その中でも「夢に向かって若いうちから努力する」ということがとても心に残っています。まだまだ僕自身の夢は決まっていませんが、これからがその夢に向かって努力をする大切な時期だと思うので、自分を見つめなおして自分にあった将来を考えていけるといいと思いました。そのためにも市長さんが言われたように、読書を大切にしていきたいです」

と実に素直である。

一方、「大学教授から学ぶ」では、地元の短大学長が丁寧にやさしく、思春期の中学生の心に「生きること」の意味を語りかけている。したがって、「塾生」の感想も、自分の心を見つめながら自己を相対化していることがよくわかる。

長い人生の中、常に自分自身を捜し続ける、ということに共感しました。今こうして生徒会の活動をしていることも、本を読んだり勉強をしたりすることも、全て自分を探すための過程なんだなぁ、と思いました。

リーダー像などは他の講師の方とは違っていて、いろんな人と想いを共有し、同じ立場になることも大切だと思いました。

さらに、多彩な講師陣のパワーが中学生に直接響いていることも確認できる。

夏季塾長である柳原幸一氏の「塾長講話」は、いかにも民間人である。講義もユニーク。

講義の概要

(1)気に入っている言葉
・「夢」は神様が実現しても良いと言ってくれたパスポート
・生きることは借りをつくること、生きていくことはその借りを返していくこと
・やってみせ 言ってきかせて させてみて 誉めてやらねば 人は動かず

(2)人生にはメリハリが一番大事
・目標は3年くらいのスパン、できなかったら切り替える。取り組んだ歴史はいつか必ず役に立つ時が来る

(3)評価
・一番評価がたかいのは新しいことに挑戦し、成果をあげた人
・二番目は、新しいことに挑戦したが失敗に終わった人
・三番目は、与えられた中で成果をあげた人
・一番ダメなのは、何も考えず、成果もない人

(4)2:6:2の法則
2…言われなくてもできる人
6…言われたことはできる人
2…言われたこともできない人

(5)リーダーに共通すること
・高い志
・使命感
・存在価値
・プラス思考
・あきらめない

(6)読書の大切さ
・教養
・自分の思いを適切に表現できるようになる

■生徒が“変わる”

教育の最大の目的は、生徒自身の自己決定として、子どもが変革され、成長・発達を遂げることである。教育は、その環境を整え、サポートすることである。

「各務野立志塾」では、それが見事に成功している。

例えば、先述の塾長講義を聴いた女子中学生は、報告集に次のように感想を寄せている。

変わるきっかけをくれた立志塾

「『責任感』『優しさ』、これはリーダーに大切なことです」と言われたとき、私は自分の姿勢が中途半端であると感じました。そのときの私は、まだまだ多くのやらなければいけないことがたくさんあるのに、ひとつも終わらせることができていませんでした。「部活があるから」「夏休みに入ってからでいいや」という気持ちがあり、生徒会の仕事を後回しにしていました。そんなだらだらの中、私は立志塾を迎えてしまいました。こんな気持ちで迎えた私には、自分が学校のためにやりたいことをもっている人が、とてもすごいと感じました。しかし、それは思うだけで心のどこかでは今までと同じ思いでした。

講話を聞き、一日目は「できるかなぁ?」と思いました。だけど、二つの講話を聞いて最終日にはやってみようと思うようになりました。そして、2つのことを学びました。

1つ目は「2:6:2の法則」です。それは「自分から考えて動ける人・言われてから動く人・言われても何もしない人が2:6:2の割合でいるというのです。私はこの中でいうと、言われてから動く人でした。先生や周りの人に言われてからしか動いていなかったし、自分で考えようともしていなかったことに気がつきました。しかし、議長である私は自分から考えて動ける人にならなければいけないと思いました。

2つ目は「勝者と敗者の論理」です。常に計画をもっているか、常に言い訳を考えているのかで勝者と敗者が決まるということです。私は計画をもっていない敗者でした。また、私の口からは言い訳が出てしまっていました。言い訳は逃げていくために一番簡単な道で、リーダーとして恥ずべきことだと思いました。立志塾ではこの2つ以外にもリーダーとして多くの大切なことを学びました。また、他の学校と交流をし、それぞれの良さを知ることができました。

今まで中途半端だった分、立志塾から帰ってきてから体育祭の準備はとても大変でした。先生に言われて動くことが多くあった私が、前日に自分で次の日に何をしたらいいのかを書き出し、すぐに取り掛かれるようになりました。体育祭の練習の時には、全校のみんなが静かになるまで待ったり、礼をしっかりしているかを見たりすることができました。

ほんの少しだけれど、私は立志塾をきっかけに変わることができました。変われたことがとてもうれしいと思います。

(第6回へつづく)

第17回:子どもが主役の街づくり④ 無人島でサバイバル!冒険塾

投稿日:2010年1月13日 カテゴリ:教育insight

■無人島でサバイバル!冒険塾

これはすごい。まさにこの企画が成功するのは、「絆のまちづくり」の成果といえる。

「いや~、きつかったですが、大成功です」

目を輝かせて話し始めた企業の社長さん。学校教育課のまとめのパンフレットには次のように記されている。

8月3日から7日、市内小学校の6年生が無人島で4泊5日のサバイバル生活を行う「各務野冒険塾」が開催されました。

無人島で仲間と力を合わせ、工夫しながら生活する中で、たくましく生きる力や仲間と共に生きる社会性を身に付けてもらおうと企画されたもので、男子39人、女子3人の合計42人が参加し、心に残る熱い5日間を過ごしました。

ところで、誰が考えても「???」と心配になる取り組み。「トイレも3日目位から、子どもたちできるようになりました」「3日目を越してから目つきがかわりました」と説明してくださる教育委員会の方。成功させるためのポイントは4つだという。

1つは、レク気分の参加者は断り、無人島生活の厳しさに覚悟ができている者のみ参加を許可したこと。2つは、無人島で生き抜くための研修など、食べられる植物や害のある生き物、野外での調理法、応急手当ての仕方など、自ら学習や交流をしたこと。3つめは、参加者の事前の取り組みである。パンフレットには次のように記されている。

無人島での5日間、体調を壊さず生活できるように、子どもたちには当日まで取り組む次のような課題が与えられました。

①毎日15分以上、ランニングなどのトレーニングをする

②暑くてもエアコンを使わずに生活

③無人島で生活するための調べ学習をする

などで、子どもたちは無人島での生活に向けて、着々と準備を進めていきました。

また、無人島で食べる野菜も自分たちの手作りである。「農家の方の指導のもと、ジャガイモやトマト、スイカなどたくさんの種類の野菜を無農薬で育て」て無人島へ「持参」したという。

無人島では、「ごはんや洗濯など生活すること自体大変。野菜以外の食材は魚釣りやアサリ、貝、カニなど現地で捕ったため、食材の調達と調理だけで1日の大半を使ってしま」ったという。しかし、最後には5日間で、子どもたちだけで作るように、すっかり成長したようだ。

3日目には、姫島の樹林や磯掃除。無人島だけあって外来種が入っておらず、キキョウやハマカンゾウなど手つかずの自然に触れたという。こうして冒険塾の最後には、今回の経験を大地震などの災害時に生かすための「レンジャーJr隊員証」が贈られたという。参加者の小学生たちは、冒険塾に参加した体験を以下のようにつづっている。

  • 無人島では自分で魚釣りや貝とりをしなくてはならず、食べ物と水の大切さがわかりました。これからは水を節約し、食べ物も残さず食べて物を大切にしたいです
  • 魚を釣ったり料理を作ったりすることが一人では難しくても、仲間で協力するとうまくやっていけることがよく分かりました。仲間と協力し合うことをこれから大切にしていきたいと思いました。
  • 無人島は災害時の避難生活と似ていると思いました。今回の経験をいかし、災害時にはパニックにならずリーダーシップをとりたいと思います。

(パンフレットより抜粋)

(第5回へつづく)

第16回:子どもが主役の街づくり③ 子ども目線で動く

投稿日:2010年1月13日 カテゴリ:教育insight

■なぜ子どものために動けるのか

なぜ、このような「子ども目線」が徹底できるのか―その回答の一つは、「家族・地域・絆プロジェクト」の理念と行動目標にあるようだ。

(1)として、児童・生徒の学校での権利について述べ、(2)ではそれを享受するために子どもがなすべきこと、(3)として逆にやってはいけないことが全体で15項目に亘って、家庭・地域・学校は≪小中学生の権利と義務≫を守る項目が並んでいる。

Ⅰ 児童・生徒は、学校では次の権利をもっています。

  1. 楽しく、幸せな学校生活を送る権利
  2. 目標に向かって、自分を伸ばす権利
  3. 自分の命や体を傷つけられない安全な学校生活を送る権利
  4. 自分のことを自分で決める権利
  5. 学習する権利

Ⅱ 児童・生徒は、もっている権利を享受するために、次のことを守らなければなりません。

  1. 自分を大切にし、愛すること。
  2. 自分の可能性を精一杯伸ばす努力をすること。
  3. 仲間を大切にし、自分の責任を果たすこと。
  4. より良い学級や学校を創り上げるように努力すること。

Ⅲ 児童・生徒は、自分の仲間を大切にし、すばらしい学校生活を送るために、次のことをしてはいけません。

  1. 自分や仲間を傷つけたり命を奪ったりすること。
  2. 仲間を脅かしたり、仲間の物を盗ったりすること。
  3. 喫煙や飲酒をしたり、シンナーや覚せい剤などを使用したりすること。
  4. 授業や活動などを妨害したり、給食・掃除などの学校生活の諸活動を妨害したりすること。
  5. 仲間の持ち物や公共の物などを傷つけること。
  6. その他、学校生活にかかわる規則に違反すること。

さらに、「地域」「学校」「行政」に対して、以下のような注文がつく。注文というより、子どもたちへの「約束」である。

地域は

人と人とのかかわりは、きっかけがないと難しいものです。地域の活動や行事の中に「家族や地域の絆を大切にしたふれあいの場」をつくります。世代を超えて一緒に活動するなかから、「子育ての知恵」を伝え合い、「地域の子は、地域で守り育てる」を基本に、子どもたちとのかかわりを大切にした地域づくりを推進します。

学校は

「心豊かでたくましい人」を育てます。

  • まわりの人に対して、思いやりの心(美しい心)を持てる人
  • 自分で判断し、強い意志をもって前向きに生きる人
  • たくましく生きる力を身に付け、自分から進んで学んだり考えたりできる人
  • 健全な心と体をもって、生涯にわたって自分を大切にする人

の基礎・基本を発達段階や一貫性を大切にして育成します

行政は

子育てをすることに喜びが感じられる環境を整えます。子どもが伸び伸びと成長できるように「良い教育・人づくり都市」「美しい生活環境」「自然・歴史・文化の保護」「全市民健康増進運動」「子育て支援」を推進します。

特に行政の姿勢がいい。

環境の整備―「良い教育・人づくり都市」「美しい生活環境」「自然・歴史・文化の保護」「全市民健康増進運動」「子育て支援」の推進とあくまで子どもと市民サポートの姿勢を貫いている。

(第4回へつづく)

第15回:子どもが主役の街づくり② 活動が発展するコツは?

投稿日:2009年12月28日 カテゴリ:教育insight

(2)細胞分裂のように発展するPTA活動―地域・子どもとともに

■小学校も中学校も「絆」を大切にしながら

A小学校のスローガンは、「心豊かでたくましい子」。「親がかかわりましょう」とか「全面的に学校を信頼しましょう」など、いずれもどこの学校にでもある目標である。

しかし、単独のPTAといえども、ここはPTA自身の活動力を高めるための研修を丁寧に重視している。だから、PTA活動のツボのようなものが代々引き継がれ、発展しているようだ。

その一つが、子どもの声を大切にしていること。たとえば、ベルマーク集めなどというありふれた取り組みにしても、子どもたちの発案から「地域を巻き込む」。スーパーに回収箱を設置したり、ポスターを作ったり、自治会報に掲載してもらったり、あるいは市民運動会でも回収されて他校にも広がっていく。こうして例年の2倍以上回収できたという。きっかけは「スーパーに置かせてもらったら?」という子どものつぶやきだという。

B中学校のスローガンのひとつは、「親と子が心を開く」。スクールカウンセラーや校長、養護教諭らから「心と体」「心の交流」「食育」などについての講義を聴き、力をつけていく。

具体的な取り組み例も面白い。

実際に親子の心の交流をサポートしていくのだ。どんな言葉に「心」を感じたのか、事例を集める。すると、母の「あんたがいてくれてよかったー」という一言が子どもを「幸せ」な心にしていることが分かったり、「オカン!風邪ひくよー」という子の一言に母が涙ぐんだりしている。

「言葉の力って不思議!」と感動する子どもたち。「子どもに支えてもらってる」と述懐するお母さん。PTA活動をきっかけに、それぞれの家庭でそれぞれにふさわしい色合いで親子の心の絆がつながり始めていくのだ。

■245の子ども会

子ども会育成協議会には245もの「子ども会」が結集している。“異年齢の子どもたちが遊びを通して育ちあう”ことを目的に、もう42年目の活動に入るという。やはり、ここでも「学習⇒例示⇒交流」が会の活動発展の方程式になっているようだ。このパターンによって、伝統が引き継がれ、新しく計画が練り上げられ、次へとステップアップしていく段取りである。

しかし、環境と子どもの変化は激しく、子どもたちは声をかけられるまでじーっとしているようだ。

今、協議会の課題は、①単位子ども会をいかに活性化させるのか②地域とのかかわりの緊密化の2つという。

「ラジオ体操」活動について具体的に紹介すると、次のような子ども参加、地域参加の工夫と知恵を出し合っている。

  • 案内状は子どもたちが作成
  • 町内会に回覧版で通知
  • 一緒に付き添って活動
  • 広場のゴミ拾い
  • 御礼の手紙活動

何でもない取り組みの中にも、いかに住みやすい街をつくるのか、「絆」を強めるのかといった視点が大切にされていることがわかる。

子どもの体力を鍛えようとか、生活規律を確立させようといった大人目線や訓練主義的発想がにおわないのも、しなやかでいい。

今年2009年は「子ども代表者会の活動をいかに生かすのか」など、やはり子どもに主眼を置いて、「子どもの声を大切に」「子どもと大人が一緒に」などをテーマとした、自分たちで出来るエコ活動やペットボトルの回収などに取り組んでいる。これも「無理なく―」がポイント。だから「わが子の1個」が活動スローガンだ。

この活動にも、やはり回覧版を回すなど自治会役員の協力がある。また、地域のお店も協力する。全体として「子どもの考え、発想力」が大切にされて、「市民運動会」(12月)でも実施しようということにつながっていくのだ。ここが他市の大人から子どもへ呼びかける方式と反対で優れているポイントといえる。

■170もの「親子サロン」が網の目に

こちらは市役所「子育て支援課」による子育て応援プランの一環。

「子育てをみんなで支え合うまち―親子の絆と笑顔のために―」が理念となっている。

具体的には、「家庭の共育力の向上」「地域の協育力の向上―地域の子どもは地域で育てる。子育て家庭を地域で支える」が行動目標だ。

親子サロンは“地域の居場所で時間を共有する”こと。したがって、育児中の親子、マタニティママ、地域のおじいちゃん、おばあちゃんが集う。名前を覚えてもらうといった初歩的目標の実現から実践している。

市の支援は借り上げ料の支払い、ボランティアさんへのアドバイス、月2回のPR(チラシの回覧を回してもらう)など簡単なものだけ。しかし、細く長く続けることやおやつづくりの仲間中心で動いたり、先輩ママさんがサポートしたりと個性と特性、要求をさまざまに生かして活動している。名称も「花いちもんめ」、「プチトマト」、「ニコ2♡」などとかわいい。

「親子さんの笑顔から元気をもらっている」とボランティアさんは元気そのものである。

貴重な教訓を教えてくれる。

(第3回へつづく)

第14回:子どもが主役の街づくり① 世界第3位の実力!

投稿日:2009年12月28日 カテゴリ:教育insight

■視点を変えると楽しく実践できる

今回は、子どもを主役に少し視点を変えるだけで、地域における子育て実践例の紹介である。大切な教訓がたくさん。年をはさんで6回にわたって報告する予定。お楽しみに!

■家庭と地域と学校の連携の困難

「学校・家庭・地域の連携」

こんなスローガンをこれまで何回目にしてきたことか。このようなテーマをいただいて、私自身これまでどれだけ全国各地を講演して歩いたことか。

日本のどこでも、地域コミュニティーの復活を心がけ、地域の子は地域で守り育てようと努力している。

しかしながら、その思いや活動の多くが「あいさつ運動」であり、地域パトロールであり、「早寝・早起き・朝ごはん運動」と決まっている。文科省もこれらを「国民運動本部」まで設置して、「社会総がかり」で取り組むようリードしてきた。

安倍政権時代の教育再生会議がよく使用したキーワード、「社会総がかり」という表現は、いかにも威勢がよく、熱心で「気迫」に満ちているように受け止められがちなのだが、私にはあまりに事大主義的、強圧的に感じられて嫌いであった。このような「運動」が全国規模で展開されることに対する違和感も大きかった。全体主義国家の匂いさえ感じさえしたものだ。

そうかといって、地域ぐるみの子育ての大切さは、誰も否定すまい。それだけにもっと明るく、伸びやかな実戦モデルがないものかと案じ続けてきた。そんなところに、今回素敵な町にめぐりあうことができたのである。私が大喜びしたのは、言うまでもない。

今回はその報告である。

■住みよい都市“世界第3位”の実力!

「『住みよい都市づくり国際コンクール』で、当市は人口7万5千人超~20万人未満の部で世界第3位に輝きました」

市長の誇らしげな報告に、会場は拍手に包まれた。

そう、ここ各務原市は、「家族・地域・絆プロジェクト」を結成し、表面的な「子育て運動」としてではなく、「家族の価値再復興」という家族論を問う事業であり、「心豊かでたくましい子が創る美しい都市各務原」づくり、つまり、子どもが主役の町づくりに取り組んでいるのだった。その一定の成果を評価してもらうための国際コンテストへの参加だったようだ。したがって、他市の子育てと比べて基本となるコンセプトも発想もこれまでの「学校・家庭・地域の連携」とか威たけだけしい「社会総がかり」での子育て運動などという形式的運動論とはすっかり違うのだ。スタンスもアドバルーンの高さもまったく違う。「まちづくり」であり、それも「子が創る」町なのだ。

教育再生会議のような上から目線は一切ない。戦前の全体主義を思わせる事大主義もない。実にしなやかで「未来の宝である子どもたち、人と人との『絆』をたいせつにして、みんなの手で育てましょう」とあくまでも“優しい”のだ。それも決して無理をしていないところがいい。では、どこがどう他地域と違っているのか。

(1)広がる活動

■ひと味違う青少年健全育成会

青少年健全育成といえば、日本全国いたるところで「奮闘」しているものの、どこもパターン化に陥っているものだ。校区パトロールやあいさつ運動、ボランティアの地域清掃活動、交通安全指導、非行防止活動などと相場が決まっている。

各務原市も例外というわけではない。それなのに、一味も二味も違っていてホッと安堵させられるから不思議だ。この「不思議な安堵感」こそここの命なのかもしれない。ひょっとすると、それは「絆」をテーマに活動しているからかもしれない。

「通学路見まもり隊」のパトロール活動ひとつとっても、たとえば隊のおじいいちゃん、おばあちゃんたちとの「対面式」から始まる。ここで子どもたちに名前と顔を覚えてもらうのだという。

こうして心がつながり、「絆」ができた状態で子どもの見守り活動が開始される。年度途中では、楽しいレクリエーションやもちつき大会、お祭りへの参加など、地域の文化・レクリエーション、お祭り行事の一角もになっている。

単にパトロールをし、交通安全の旗を持つだけの活動ではないことが参加者の心を軽くし、活動を楽しく長続きさせている。積極的に参加しやすくさせているようだ。

(第2回へつづく)

第13回:6年間の「共育力」に感嘆!

投稿日:2009年11月27日 カテゴリ:教育insight

■習字の展示

先日、東京郊外にある自由学園男子部の「学業報告会」を見学した。正門を入るなり、私の目に飛び込んできたのは習字の作品群。

「すごいなー。上手な子のも下手な子のも、みんな発表しているんだ」

私は興味津々で近寄ってみた。

ところがよく見ると、中1から高3まで同じ生徒の作品が各学年1点ずつ、合計6点展示されているのだった。どの生徒も中1に比べると高3では運筆も鮮やか。自信にあふれて力強い。「真実」や「学問」、中には「主張」、「怒り」などその時々の生活や生き生きした気持ちがぶつけられていた。

とにかく、舌を巻くほど上手い。よほど凄腕の書家がいるか、指導が行き届いているに違いないと思い聞いてみると、「習字の授業も指導する先生もいないんです。生徒たちが上級生のアドバイスを頼りに、自分の書きたい言葉を手本もなしに書いているだけです。私たち教員は『うん、上手いねぇー』などと褒めているだけ。毎週月曜日に提出することを約束させているだけなんですよ」との説明。

これには二度びっくり。私はもう一度近寄り、今度は凝視した。

新入生は上級生のすばらしい作品に感動し、自分も高3になった時、あんな素敵な作品が書けるようになりたいと憧れ、努力を重ねるのだという。

先輩への憧れや学ぼうとする意欲が「学び」の中核になっており、「教え」にはないパワーを秘めていた。

■総合学習の切り口から

午前中に行われた教科の「学業報告会」も興味深い内容であった。教科の発表会と銘打っているものの、数学(中1)は「『比例の勉強』―いろいろな実験を通して考えたこと」、英語(中2)は「『賢者の贈り物』―既習の英文を用いた英語劇」、日本史(高1)は「『武州世直し一揆』―歴史的な自治社会の実現としての一揆」など、タイトルからも分かるとおり、どの教科も総合的な学習の切り口からアプローチしている。

さらに日常の学習を基盤としながらも、生徒たち自身の興味、関心、探究心を大切に育みながら、こだわりを持って、納得できるまで深化、発展させている。ある意味では徹底した、実験とフィールドワークを通した体験的「学び」となっていた。

高3の物理などは、「『電波で音を運ぶ』―東天ラジオ開局?」と銘打って実験と創作を融合させ、実生活に生かすまでの質の高い仕上がりになっており会場を沸かせていた。

ちなみに、この日参会した500名もの昼食は、高2、3生を中心とした男子生徒による手作りであった。

すべての発表において生徒が主役となり、学級や学習グループ全員による協働の力がフルに発揮される「共育」と「学び」のプロセスが見受けられた。どの授業もこうありたい、と思わせる内容であった。

■「僕たちが創る学校」

午後は「僕たちが創る学校」をテーマに、生徒による学園や寮生活における自治活動の報告と、筆者も加わってのパネルディスカッションが行われた。

この学園は学園生活も寮生活も教師主導ではない。創設者の教育理念「生活即教育」が隅々まで浸透し、「自主自律」「自労自治」の精神が21世紀の現代に至るまで随所に息づいている。寮制で男女別学という“レトロ”なスタイルにも関わらず、時代を切り拓く新しさを漂わせる確かな「共育力」が感じられた。

最後の合唱。壇上に中1から高3までが整列した。最前列の高3生のバスやテノールの響きも美しい「男子部賛歌」は、教育条理と伝統の重み、無限に伸び続ける6年間の生徒たちの成長力をホールいっぱいに惜しげもなく響かせていた。

第12回:短期集中連載③:PDCAサイクルの罠

投稿日:2009年11月25日 カテゴリ:教育insight

■「目標管理」思考から脱却せよ

近年、教育界全体を貫いてきた思想は新自由主義であり、その発想は、「市場原理」である。何でも数値目標を掲げさせ、その達成のために「PDCAサイクル」で競争をあおり、「目標管理」するのである。

「学力向上」に関しては、前々回で詳述したように「全国学力テスト」がその牽引的役割を果たし、これに小中学校の「学校選択制」がセットされ、学校の存続自体が“競争”にさらされる仕組みである。すさまじいばかりの学校の「商品化」といわざるを得ない。

「消費者」は親である。選別される側の学校にとっては県であれ、市区の主催であれ「学力テスト」の正答率という数値と学校選択による生徒数の増減は、あたかも“天の声”にも等しい絶対的な力に思える。

さらに、こうした危険な“偽装”「教育改革」の落とし穴を見抜き、その問題点を社会に告発すべき大学までが、残念なことに大学基準協会などの「外部評価」にふり回され、率先して数値を求めている。

こうして、出口のないエンドレスな状態の「PDCAサイクル」による「目標管理」体制というワナに陥っている有様である。

大学まで含めて、教育界全体がこんなふうになれば、弱肉強食、結果責任論の新自由主義にとっては怖いものなし。「選択と集中」、つまり、数値という数の力をふりかざしての“偽装”「改革」が「改革」の名の下に次々と断行されてきたのである。

義務教育課程と高校で、これと教育行政における密室性の高いヒエラルキーが融合すれば、大分県や東京都の教育委員会にみられる、時代錯誤的で暴力的な権力が猛威をふるうことになる。二重、三重の偽装がなされるまでにモンスター化していくのである。

このような状況をあと10年も20年も放置することはできない。なぜならすでに、その矛盾は限界に達しており、子どもと教員が悲鳴をあげているからだ。政権交代を機にどうしても舵を切り替える必要がある。

■子どもの権利条約の力

では、「変える」にはどうすればよいのだろうか。

やはり、「子どもの最善の利益」の実現のために、教育学に裏付けされた「教育条理」に基づく「教室と学校」を求めて、地域も協働して実践することが重要である。そのために国がすべきことはまず、子どもと教員にゆとりを与え、教育環境や条件整備にたっぷりと資金を投入すること。教育への投資は、まさに「未来への投資」(フィンランド)であり、「国家の資産」(オランダ)でもあるのだ。

そして、改革のプロセスにおいて、教員と子どもの声を丁寧に聞くことが必要である。また、子ども参加の視点ですべての教育施策を推進することだ。

さらに、これが最も大切なことかもしれないが、結局は子育てと教育にかかわる一人ひとりが、自己の願いや思いを外に向かってしっかり表現すること、自由に自分の考えを発信し、共感者とつながることである。

この2009年という世界史的な転換期を私たちがいかに生きるのか―とくに教育関係者が歴史の回転軸として生きようとする姿は、子どもたちに対する何よりの励ましになるはず。学びの意味を教える最高の「心の教育」といえる。

あとは、私たち一人ひとりのほんの少しの“勇気”だけではないだろうか。

横へとつながり、小さくても「連携と協働の絆」を無数に結びたいと思う。

【終わり】

第11回:短期集中連載②:よいテスト、悪いテストとは何か

投稿日:2009年11月24日 カテゴリ:教育insight

■アメリカのすぐれた例

前回は「テスト競争」の弊害について述べたが、それぞれの地域の特性や学校・保護者のニーズを把握し、地域としての教育効果を上げたいのであれば、地域限定型の、あらかじめ調査目的を明確にした上でのテストの方が、教育行政上は全国一斉型よりはるかに科学的で有効だろう。

たとえばアメリカのテネシー州における「スタープロジェクト」はその意味でわが国でも参考になるかもしれない。少し紹介しよう。

テネシー州は他州よりも教育水準が低かったため、すべての子どもの学力水準を上げ、就職しても困らないようにすべく、1984年からこの計画をスタートさせた。1クラスを15人にするとどのような効果が現れるのかを調べたのである。その結果、15人学級にすると、特に少数民族や女性では優秀な児童・生徒の数が2倍になることや、1年間よりも4年間継続した方が2倍もの効果が現れることなどが明確になった。この「スタープロジェクト」のおかげで、補習や特別な教育を与えるためのコストが減り、「落第者」が12%から2%に激減しているのである。

このような諸外国の先進的な事例なども研究・検討し、それぞれの地域ごとに、学力を向上させる方法や実践の研究、開発、交流を国としても、また地方自治体独自でも、創造的に推進すべきだろう。

第三に、そもそも21世紀の国際社会が子どもたちに求める学力とは何なのかについて、広く徹底的に議論し、研究することである(2000年、OECDは“21世紀を生きる学力”は「知識基盤社会」における「キー・コンピテンシー〔主要能力〕」としている)。

たとえば、フィンランドは1990年代に失業率が20%近いという経済的危機に直面しながらも、今日の日本のような極端に新自由主義的な競争や、何でも「官から民へ」のスローガンの下、規制緩和と経済効率、教育の民営化路線に走ることなく、すべての子どもに平等な教育機会の保障と、フィンランド・メソッドと称される子どもたちの洞察力を豊かに育てる学力構造を開発し、幼児期からの実践を重視し、教育に充分な予算をつぎ込んだのである。

学費は小学校から大学院まで無償という大胆さ。その結果として、2000年にはPISA調査において学力が世界のトップであることが証明された。学力ばかりか、経済の競争力もこれまた一気に世界のトップに押し上げ、その後も安定して高いポジションを保持し続けているのである。こうした例に学びながら、わが国も理論的にも実践的にも日本に合致した学力向上への展望を構想することが重要といえよう。

■テストによる“新しい差別”

ところで、教育施策に関しては、目先の目標ではなく、国づくりの大きなビジョンを掲げてこそ、学力テストも意味を有してくるのである。未来への目標を掲げ、その展望を切り開くためにこそ、探究心や学びの意欲・態度も強く自律的に芽生え、教師の予想をはるかに超えて伸びていくのである。また、そうなってこそ子どもたち自身が真実を発見し、疑問や課題を解決するためのリテラシーや、基礎学力といわれる力も有効に活用・深化させることができるのではないか。

しかし、早期に子どもを序列化・選別し、子ども間、学校間に激しい競争と「新しい差別」を生み出す悉皆方式による全国学力テストではまったくの逆効果。これは「全国」規模ではなくて、都道府県、市町村規模であっても、悉皆方式を採用し、順位を競う限り同じように逆効果である。

現状の肯定・容認路線ではなく、子どもたちが“21世紀を切り開く力”と“自己実現する”ためにこそ必要とされる学力と、それを支える教育システム、教育環境とは何かを熟考する素材となるテストこそが求められているのである。さらにはその実現に役立つ調査としてのテストこそ行政が行うテストの役割ではないだろうか。

むろん、個別の生徒がどこまで学習課題を理解しているのか、またどこでどうつまずいているのかなどを一定期間に限定したり、学んだ直後に定着度や理解の状況、あるいは豊かで独創的な発想力や論理力を推察するためのテストもある。

しかし、それは何も都道府県や市町村単位の悉皆調査で、しかも競争する必然性などまったくない。テストの主催者は、日々ともに教え学んでいる教師自身であるべきである。教師は一人ひとりの学習状況を詳細に把握しているだけでなく、生活実態や家庭環境なども理解しているからこそ、テストの得点の裏側に潜む生徒の実生活や苦悩、生き様、考え方などと合わせて、学びをリードできるのである。

【第3回(最終回)につづく】

第10回:短期集中連載①:学力テスト“生き残り”作戦?

投稿日:2009年11月19日 カテゴリ:教育insight

■中止でも生き残るテスト“ゾンビ”?

すでに報道されているように、2009年4月に3回目の悉皆調査方式で実施された全国学力テストは、来春の2010年度はとりあえず抽出方式に変更。2011年度以降、さらなる見直しをすることが決まったようだ。もちろんこれは、歓迎すべき措置なのだが、現状をよく見ると、少しも楽観できない。

なぜなら、第一には、今後見直されるかもしれないが、「学級数」の40%という高抽出率になっているからである。これでは悉皆調査とかわらず危険な上、抽出調査に切り替えた意味がない。また、自治体単位での自由参加も認める方向なので、「テスト競争」意識の高い自治体なら、自前で採点し、分析などの経費や業務も一手に引き受け、自らの地域に引き寄せて、もっと競争させ、さらにテスト対策を強化することも可能だからである。

第二に、新政権が抽出方式に切り替えることを見越して、すでに自治体によっては、独自に実施するテストの精度を上げるべく、解析ソフトまで開発しているという。都道府県テストによって市町村や学校を序列化したり、全国学力テストへの自由参加方式を活用することによって、全国での大まかな位置を割り出し、各学校を企業の目標管理方式であるPDCAサイクルに追いこみ、コントロールすることも可能である。むしろ、この二つを効果的に活用すれば、現行の全国学力テスト以上に精度を上げ、強制力を発揮させることも可能である。

こうして、全国学力テストはまるでゾンビのように何度も息を吹き返す。これが「テスト競争」の本質なのである。この競争依存症ともいえる現状から脱却し、個に応じて、すべての子どもの「学力」をどこまで伸ばすかという「教育条理」の通る学校にしなければなるまい。

■テストとは何か

ところで、テストとは一体何だろうか。原点に立ち返って考えてみたい。そうしないと、たとえ政治的な力で学力テストが中止されたとしても、先述の通り、一部の地方教育行政関係者の間では、自治体独自のテストを模索したり、抽出方式への強制的な「自主参加」を促そうとしたりしているからである。

学校におけるテストとは決して“競争”が目的ではない。

テストとは本来、個々の子どもたちの学習上のつまずきなど問題点を明らかにし、教員の指導の改善に役立てたり、子ども自身の学習方法の手直しに役立てたりするためのものである。また、全国調査や全県調査などは、カリキュラム研究や教育政策、財政支援の見直しやそのあり方の研究など基礎資料に資するための一つの方法にすぎない。

そうであれば、第一には、これまでのデータをもっと研究者・公的機関に公開すべきだろう。そして、学校・学級規模、教育方法、地域、経済情況、家庭の文化、親の学歴と学力との相関関係や学力形成に与える環境・条件を明らかにして、行政の教育施策に大胆に生かすことこそ本筋ではないだろうか。

これまでの3回に及ぶ「全国学力テスト」のように、国家が各学校や教員の授業のあり方にまであれこれと口を出したり、生徒個人の学習上の問題点などを分析・検討し、子どもや家庭に改善を勧告したり、地域ぐるみの「早寝」「早起き」「朝ごはん」「挨拶」運動を展開したりするなどという姿勢は、まるで戦前の全体主義国家時代の発想と活動スタイルそのものではないか。どんなに“善意”からの発想であっても、子ども参加抜きの、子どもとパートナーシップを組まない大人の側の一方的な運動では、今日の世界水準における民主主義の感性とは大きくかけ離れており、危険であるだけでなく、恥ずかしいことといわなければなるまい。

第二に、これまでの悉皆調査では、競争的な「対策学習」による影響がテスト結果に如実に反映されてしまう。バイアスのかからないありのままの子どもたちの「学力実態」を把握するためには、抽出調査に切り替え、事前の「対策」が生まれないようにした方が調査としては信頼度が高く、活用もしやすい。

■競争信仰の論理は?

河北新報「持論時論」(2009年10月16日付)に「全国学力テスト一斉調査での継続望む」と題して、前秋田県知事(寺田典城氏)が投稿している。

氏の論点は同じような施策を主張する他の知事の典型とも言える。“競争テスト依存症”にとりつかれた論理を、少し客観的・研究的な視点で分析しておこう。氏は以下のように主張する。

①1964年当時の全国学力テストでは秋田県は全国平均を下回っていたが、今回トップクラスに躍進した。「田舎であっても教育力次第で全国トップクラスの学力を身に付けられることが明らかになった」。

②「教育力」とは、「『早寝・早起き・朝ごはん』という基本的な生活習慣」「非行や犯罪が少ないこと」「少人数学級により、多様な学力の児童・生徒に対応したきめ細かい支援」である。

③以上のことが「テストで結果として表れたことだけでも、全国一斉に行われた意義は大きい」。

④抽出にすると「学校ごとの分析や個人ごとの支援に支障を来す」「教育に情熱を持っている学校や教師から実力を発揮できるチャンスを奪う」「自らの努力を評価されたいと頑張っている学校や児童・生徒の意欲の低下を招く」。

⑤「さらなる学力の向上を目指し、少なくとも市町村ごとの結果は公表すべく」、「政治的リーダーシップを発揮してもらいたい」と新政権に檄を飛ばしている。同時に「地域が一体となった取り組み」の促進も主張している。

■現場教員へのサポートこそ大切

ところが氏は、「グローバル社会」の中で「日本こそ、世界に平和と技術を提供するという大きな意味での国際貢献が必要」とも認識している。「教育こそが日本の生き残りの戦略」だと述べ、世界に貢献できる子どもたちの育成を望んでいる。この点は誰しも合意できるのではないか。

しかし残念ながら、これらの主張の欠陥は、一つは、事実認識があまりに通俗的すぎること。秋田県がトップクラスである原因や背景分析が単純で、甘すぎる。都市部と「田舎」との生活文化基盤の相対的な落差が「学力」の逆転を生んでいることは、福井県や富山県など他の地方都市も上位に位置し、大都市大阪府の凋落が激しいことからも推察できる。

二つは、基本的生活習慣と「学力」は単なる「相関関係」に過ぎず、生活習慣を「教育力」に祭り上げ、「因果関係」までも暗示するのはいかがなものか。この二者はストレートな因果関係ではなく、「遊び」や「自然体験」「人間体験」など抜きに学習効果、「学力」の向上は考えにくいのである。

三つは、基本的生活習慣の重視と学力の相関は、教育界では80年代から「見える学力、見えない学力」論としてあまりにも有名である。同名の著作が80万部を超すベストセラーになったこともあり、とりたてて言うほどの特性ではない。また、新しい「発見」でもないのである。

四つは、全国200万人以上もが参加する超大規模テストで、なぜ「学校ごとの分析や個人ごとの支援」ができるというのだろうか。身近な個別的課題に関してまでも、そこまで国家の力に頼りたいのであろうか。信じがたい権威主義と批判せざるを得ない。

そのような個別の課題に関しては、各学校でそれぞれの教員が責任を持って指導し、日々実践を重ねている。そこへの手厚い支援こそ地方行政、トップリーダーの仕事であろう。

学校と教員を横一列に並べ、「テスト競争」レースのムチを入れることではないのである。

【第2回につづく】

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160318-0737

尾木ママ

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1947年1月3日
血液型:
A型
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東京
職業:
教育評論家、法政大学特任教授
臨床教育研究所「虹」所長
出演番組:
NHK教育(Eテレ)「ウワサの保護者会」
(土曜21:30~21:54放送 ※MC)

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