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娘の卒業式

投稿日:2001年3月1日 カテゴリ:エッセイ

まあ、何とあでやかなこと。七割方は袴姿だろうか。華やかな衣装とは反対に、緊張感と気恥ずかしさに全身を包みこんだ卒業生が三つの列をなして静かに式場に入場してきた。
「うちの娘はどこかな?」
三つの列のそれぞれの流れにあわただしく目線を動かして探す私。ところが、どの列にも発見できない。普段の姿とはかけ離れて、四年間―いや生まれてこのかた一番美しい(?)化粧を施したせいか、どうも見つからないのだ。「これはまずい。自分の娘の晴れ姿を発見できぬとは」。私は内心かなり焦っていた。
合唱団のきれいな合唱にうっとりしていると、、讃美歌の斉唱へとプログラムは進んでいく。流石に大学。素敵な声量だ。
ようやく式の雰囲気に慣れてきた私は、勇気を奮って、式場をぐるっと見渡してみた。そして、びっくり。何と父親の参列者の多いことか。少なくとも17~18パーセントは列席している。みんな同じ位の年格好。これでは、まるでおじさんの同窓会。自分もそのうちの一人かと思うと、苦笑しながらもこれらの「おじさん」に変に親しみを覚える。
小・中・高の保護者会などでは、父親がいてもほとんど1学級に1人位。ところが、「女子大」の卒業式のせいか?、こんなにも多いのだ。私には、全くの予想外の光景だった。

弁解するわけではないが実のところ、私には前夜まで、長女の大学の卒業式に参加する予定などまったくなかったのだ。
それが、下の中学生の娘の保護者会と日時がちょうどぶつかってしまい、末娘の「お父さんはイヤ。お母さんに来てほしい」の一言で自動的に決したのである。
妻は、というと、本当は長女の卒業式に出たかったのだ。というのは、そのためにせっかく奮発してスーツを買いこんでいたからだ。せっかくのおしゃれのチャンスを逃すわけにはいかない。「あたしが、お姉ちゃんの方に行きたい」という妻と、「お母さんの方がいい」という末娘と、「どっちでもいい」という長女。これら三者三様の女性たちの全要求を、かろうじて満たす唯一の方法というのが、私が長女の卒業式に参加し、妻は末娘の中学の保護者会の方に――と相成ったわけだ。
我が家はいつもこうだ。わがままな三人の女性たちに男性一人の私が立ち向かっても、所詮勝ち目はない。だから、私は、昔からあまり考えないことにしている。自らの意見もあまり主張しない。低き方に水が流れる如く、安易に状況に従うだけだ。

ところが、今回だけは、式半ばで、来て良かった、と心底から思えた。学長や学部長の長い祝辞を耳に聞き流しながら、わが娘―この時には、呼名を受けて起立したので、その袴の色柄と赤くて可愛いリボンの後姿をしっかり目に焼きつけていた―の後姿を見つめながら、今日に至るまでの子育ての苦悩の日々が、月並な表現だが文字通り走馬灯のごとく頭を駆け巡ったからである。

「お父さん大学辞めたい。やっぱり自分に合ってない」。せっかく合格した大学に慣れ始めた六月も半ば、夕食後、いきなりこう切り出した娘。
やめるにしても、いかにも早すぎやしないか、もう少しじっくりと考えてみては―などと長期戦に持ちこもうとする私を無視。さっさと中退手続きをとってしまった。こうして夏から、新しい進路を求めていわゆる「宅浪」と相なった。
「近くがいい。異文化コミュニケーションに興味がある」ということで、自転車で10数分で通える女子大に決めたのだった。
それにしても、”異文化コミュニケーション”とは言いながらも、よくぞ大学四年間あちこち海外旅行にでかけたものだ。そして、気がつくと、いつも家ではグッスリとよく眠っていたものだ。
大病もせず、ひどい非行にも走らず、よくぞ元気に卒業し、社会人になったもんだ。「良かった」と、しみじみとそう思った。参列席のあちこちで、涙をぬぐったり、すすりあげるお母さん。その心が、私にも伝わってきて、目がうるんでくるのだった。

やはり、卒業式は人生の大きな節目。区切りだ。子にとってはもちろん、親にとっても。
ふり返ると、高校の入学式は母親が同伴。ところが、遅刻のため新入生の呼名時間には間に合わず、列の最後に並んで、やっと最後に名前を呼んでもらったのだ。
でも今回はお父さんで正解!
だって、10時の式開始3分も前に講堂に入っていたのだ。そして娘の入場に立派に!!間に合ったのだから。

父親は教育評論家で母親は教師。これでは、外見には、まるで教育一家を絵にかいたようなもの。しかし、こんなにズボラでチグハグな両親だったからこそ、子どもたちはまともに成長できたし、卒業もできたのかもしれないのだ。

「どうして職種を決めたの?」
就職先も全部自分で探して決していく娘にこう問う私。「だって、うちは、あまりにも子どものこと放ったらかしなので、自分で何でも調べるクセがついてしまったからリサーチ会社が好きになった」とか。「それも、そうかも」と頷ける答えが返ってきた。
反面教師もまたすぐれた教師なんだなあと思う。
子育ても、これで半分卒業。一抹の寂しさもないわけではない。しかし、21世紀の初頭に、”異文化コミュニケーション”を大切に多くの国の人々との共生を大切にしながら、同時に足元のローカル共同体をいかに新世紀にふさわしく創るのか、その力強い仲間に娘が加わってくれたと考えると新たな嬉しさがこみ上げてくる。

(2001年3月 書き下ろし)

成熟し始めた“共生”

投稿日:2001年3月1日 カテゴリ:エッセイ

「『歴史的』対決――東京六大学で初 女性同士が先発」(朝日)
「女性投手 先発競演」(読売)

いずれも二〇〇一年五月二十九日付朝刊各紙の見出しだ。
両投手の勇姿をカラーで大きく紹介している紙もある。

「なんと爽快な!」
写真を見やりながら私は心の中にパワーがみなぎる感動を覚えた。
東大と明治の女性投手同士が先発対決する姿など、これまでだれが想像しただろうか。

そういえば、最近のスポーツ界における女性の進出と活躍は目覚しい。
先のシドニーオリンピックでは、女性の方がメダルの数でも男性を圧倒。
その闘いぶりや勝ちっぷりは豪放そのもの。金メダルに輝いたマラソンの高橋尚子などは、自分流の走りを二時間に渡って存分に披露したばかりか、両手を突き上げてゴールテープを切るその姿には余裕さえ漂わせていた。
汗と涙にむせぶこれまでの男たちとはまったく異なっていた。

一度はアメリカの連勝にストップをかけたものの、惜しくも優勝を逃し銀メダルを獲得した女子ソフトの選手たちもまた、女性の新しい姿を感じさせるに充分だった。物おじしない攻撃力と切れることのない集中力はすざまじい迫力。

男たちの前近代的なトレーニング主義やスポーツ根性物語とは無縁であった。
スポーツ分野でのこうした女性の勇姿は、今や輝きを増す一方だ。
この輝きの背景に私は、二つの大きな変化を感じる。

一つは、六大学野球の例のように、これまで「性差」を理由に相手にもされなかった分野への女性の進出と活躍である。

今や、プロとして、建築メーカーやスポーツ用具メーカーのCMにも登場する高橋尚子。テレビ中継でも”女子マラソン”は人気番組の一つである。

しかし、この女子マラソンがオリンピックで正式の種目に認められたのは一九七二年のこと。まだ三十年足らず。つい「先日」のことにすぎない。

言うまでもなくマラソンはオリンピックの最終日を飾る花形。
発祥の種目でもある。古代ギリシャの時代から、男たちだけが特権のように走り続けてきたのだ。女性は肉体的、体力的に限界を超えているという理由だけで一貫して禁じられてきたのである。

ところが、一九六七年のボストンマラソンでとんでもないハプニングが発生した。
何とアメリカの女子学生(キャシー・スイッツアー)が男装して紛れこみ、走ってしまったのだ。残念ながら途中で発見されて、正式記録は取ってもらえなかった。
が、何よりも”女も走れる”ことを実証してみせた。以後、各地のフルマラソンに次々と女性が登場するようになった。

こうして、この「事件」からわずか五年後には、ついにオリンピック種目として認知される至ったのである。文字どおり破竹の進出ぶりといえる。

これまで女性は、筋力に劣るといわれ続けてきたのに、今日では、皮下脂肪を生かせば逆に女性の方こそ耐性が必要なフルマラソンに優れているのではないかと思えるほどだ。

マラソンで劇的に実証されたように、女性パワーの実力は本物だ。
事実が認識を転換させる事態が相次いでいる。チョモランマに初登頂した田部井淳子の偉業然り。女子サッカー進出もそうだ。プロ野球で、男性に交じってバッターボックスに立つ女性の姿を見られる日も、そう遠くはないかもしれない。

スポーツ界でこんなに女性の方が輝き始めた理由には、実はもう一つある。
それは、女性には男性のような重苦しい義務感や責任感をあまり求められないことが影響しているのではないか。
極論すれば、結果に縛られず自由に、気の向くまま、今を楽しむことができる。
自己実現できる。

ところが、男たちにとっては人生そのもの。スポーツは、高い評価を受けて男社会を生き抜くための重要な手段であり武器なのだ。
当然、結果を出さなければならない。そればかりか、プロセスに対しても姿勢が問われる。いきおい懸命にならざるを得ない。精神主義に陥り、自分らしい価値観や人生観を犠牲にすることにもなる。

だからつい汗と苦痛に顔もゆがもうというもの。結果にのみ重点を置かざるを得ない。
思い入れが強く、気持ちが高ぶっているからこそ落胆も大きくなる。

つまり、女性の輝きを支える気楽さの背景には、長期に渡った歴史的、社会的な女性差別が裏返されたパワーが潜んでいる。それに比べて男の苦悩は、逆差別の重圧なのかもしれない。

この間、女性たちはあるべき一定の理念ではなく、必要に迫られた事実の力で勝負してきたように感じさせる。私には、この事実の積み重ねこそが、スポーツ界における”男女共生”を生み育ててきたように思える。

※   ※

「子どもってすごいですね。可能性の固まりですね。大人以上ですね」
今日では、こんな感嘆の声を耳にすることも珍しくない。

子どもたちと大人との関係性も、男女共同参画社会の実現と同じように、必要に迫られた「事実の力」でもってこのような感動を呼び起こしながらすすんでほしいもの。

子どもと共同・共生する学校・授業・地域づくりを先駆的に開始している地域では、質の高い「子どもと大人の共生・共同」にも足を踏み出している。

「女も男も」と同様に、「子どもも大人も」があらゆる分野で口癖になるような社会が来ればと願っている。そうなった時に初めて、日本の男性のスポーツ選手も肩ひじはらずに今の自分を輝けるに違いない。

(『女も男も』巻頭エッセー/2001年 より)

新刊情報

160318-0737

尾木ママ

誕生日:
1947年1月3日
血液型:
A型
出身地:
滋賀県
現在の住まい:
東京
職業:
教育評論家、法政大学特任教授
臨床教育研究所「虹」所長
出演番組:
NHK教育(Eテレ)「ウワサの保護者会」
(土曜21:30~21:54放送 ※MC)

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