あいまいに、「どうしたの?」
投稿日:2008年5月1日 カテゴリ:エッセイ
今回は、女性に向けた注文? よく言えば「夫への接し方」のヒントである。定年と同時に夫婦の「プロローグ」や「以下省略」の悲喜劇を迎えないための知恵である。
そのヒントは<決めつけないこと>。「どうしたの?」の一言がかもし出す心の柔らかさが、夫婦の愛を枯らさない井戸になってくれる。換言すれば、「どうしたの?」という妻の一言が、肩ひじ張った夫の心と生活を和らげる。
たとえば、夫は会社で嫌なことがあったらしく、イライラしている。不機嫌そうな顔で帰宅。明日は中学3年生の長女の、大切な高校入試だというのにである。
こんな時、妻にはどんな一言や対応力が求められているのだろうか。妻は、夫以上に子育てに対する責任感が強い。また、子どもと一緒にいる時間が長いので、子どものデリケートな気持ちがわかる。だからこそ、つい「イヤーね、お父さん」などと一言発していないだろうか。非難がましいナナメ目線で夫を見つめてはいないだろうか。グチとイヤミを言う時の、目をつり上げ、感情丸出しの表情をしていないだろうか。
あるいは、もっとはっきり文句を口にしていないだろうか。
「少しは、子どもたちに気を使ってやってくださいよ。お父さんがこれじゃ、娘が実力を発揮できないじゃありませんか。失敗したら、お父さんのせいですよ、もう!」なんてかみついていないだろうか。
これらに対する夫のリアクションは、法則のように決まっているものだ。「ルせぇなァー。そんなこと分かってるよ。だからヤな顔一つせず、『ただいま!』って元気に帰宅しただろう。お前こそ、こんな大事な時に、子どもの前でグダグダ言うもんじゃないよ」と夫に反撃されるのがオチであろう。
でも、この時に――。
「お父さん、どうしたのぉ~?」
と語尾をやや長めに引いて、やさしく聞いてみる。
すると、「いやはや、大変も何もあったもんじゃないよ。先週オレが口頭で報告したにもかかわらず、部長はそんなの聞いてない――の一点張りなんだから」「おかげでオレは、部下をなだめるために夕食をごちそうしたりで、大変だったよ」
などと、やさしく低いトーンに生まれ変わる。
「まぁー、大変だったのね、ご苦労様――あなた」
「そう言えば、あの部長さん、以前にもそんなトラブルなかった?」
などと、一緒になって部長の悪口も言うと、夫の胸のつかえもとれる。
「ペーパーで出しておかないあなたもいけないんじゃないの」とか「何回失敗しても部長への対応が上達しないわねー」などと、切り返そうものなら大変。あいづちを打ち、妻が夫の心や感情に寄り添うことで、夫は安心し、元気になる。そして、自分の力で問題点を整理する力がわいてくる。
「今度からオレ、部長にはペーパーで提案や報告するようにするよ。金輪際“口頭報告”はやめるよ」などと明解な方針まで示せるかもしれない。「オレも大変だけど、娘はもっと大変。娘に負けず頑張らなくっちゃー」などとやる気満々になるもの。瞳も輝くに違いない。
妻から夫への接し方の、第一法則は<決めつけない>こと。とくに夫婦間では、白黒をあまりはっきりさせないことが大切。つまり、あいまいさを大切にすること。“ありのまま”こそやさしさをはぐくみ、いくつになっても夫を支え、自分も支えられるインタラクティブ(相互作用)な関係づくりの要である。楽しい老後づくりのコツでもある。
「どうしたの?」の妻の一言が、家族の心を平和に結んでくれる。
(「Let’s! 家事おやじ」『佼成』2008年5月号)